呉の大和ミュージアムに行ってきました!!
呉の歴史を戦争を主眼において説明してありました。
大和の歴史、
戦艦の歴史、、
戦争の歴史、、、
今の平和になった時代、
あの当時のことを振り返るのは非常に痛ましいことのように感じられます。
展示物の中には零戦もありました。
零戦のパイロットだったおじいちゃんは、
あの狭いコックピットに座って、いかにも脆そうな装甲に包まれた機体に乗り込み、遥か日本の彼方で、アメリカの戦闘機と一戦交えたのかと思うと、なにか筆舌に尽くし難い思いが込み上げてきます。
しかし平和な今の時代、戦争の痛ましさと同時に、戦争の科学技術にも思わず考えが及んでしまいました。
(やっぱり一応理系人なんですね)
きっかけは展示物の中の一冊ノート。
戦艦大和の設計者の構想ノートです。
ノートの左頁には船の底部の図、
右貢には計算式。
理路整然と書かれたその式に思わず見とれてしまいました。
内容はおそらく浮力やらなんやらを計算して、船体をどれだけの高さにしたらよいか、とかそこら辺なんじゃないかと思います。
物理はすごい。
あれだけの物を作り上げるんだから、それだけの計算とかして当たり前っちゃ当たり前。
でも、完成された戦艦を見る時にそんな裏方の苦労なんて、そうそう考えません。
「あんなにすごいものが、僅か2時間で沈没しちゃったんだなぁ」
くらいでしょう。
でもあのノートやひたすらに細かい設計図を見て、半世紀以上も前から、それだけの事をしていたなんて、純粋にすごいと感じてしまいました。
欧米から猿と見られていた日本が、自力でそこまで作り上げる…
戦争の裏にいた科学者たちの事も考えざるを得ないでしょう。
そりゃ、彼等は「兵器」を作ってしまった、
褒めてはいけないのかもしれないけど、
平和と戦争が紙一重なように、
兵器と便利用品も紙一重。
事実、大和建設の技術は戦後に大きく応用されている。
溶接技術や光学技術(Nikonとか)など。
今だってアメリカの軍事施設での研究が、時間がたって日常生活に大きく活かされてたり(人工衛生とか)。
国と国のぶつかり合い戦争は、
科学技術どうしのぶつかりでもあったんです。
戦争は絶対的に悪だと思うけど、
その裏にあった科学は現在でも顧みられるべきだと思う。
と、
車中暇だったから書いてみるヽ(´▽`)/
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